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 支援している文化団体へのサポートのお礼を兼ねてコミュニティーのあの人この人に「いかがですか」と電話をかける機会が増えた。  その範囲で知ることは、みんな実に真面目に150日の長丁場を自主隔離に励んでいることである。  もちろん私が電話をする方たちはほとんどがシニアとその予備軍ではあるが。

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 タイトルの句は、今から30年ほども前に、当時95歳だった一世の佐藤とくさんが詠んだものである。  夏になると時々この句を思い出して呟いてみる。  当時は私も40代、1週間を10日分ほどのスケジュールで、土曜も日曜も無く仕事をしていた頃で、毎月1回地元の日系紙に送られてくる俳句グループの作品の中にこの爽やかな句を見つけて、印象に残ったのだが、最近自分が髪を洗いながら「ひと握りあるやなしやの…」を思い出し、なるほどこの気持ちかと、95歳のとくさん心の中をのぞいた気がした。

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 1980年代、英国統治時代の香港で小さな会社を作って、銅羅湾という場所に駐在していました。多くの海外進出した日系企業の方々と、毎夜のように語りあったものでした。私の会社はあっという間に消えてなくなりましたが、夢を実現させて日本を代表する会社に成長させた有能な方々もいました。

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 今世界中に拡散されている歌がある。ユーチューブを通じて世界中900万人の人たちが聞いている。「Rinascero, rinascerai」(私は生まれ変わる あなたも生まれ変わる)。 新型ウイルス感染禍で一番多くの死者を出しているイタリア北部ベルガモ出身の作曲家兼歌手、ロビー・ファチネッチさんの歌声だ。

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 「コロナビールを飲んだら感染するって友達が騒いでいたよ」。新型コロナウイルスの感染病が国内でも問題になり始めたころ、中学生の娘がこんな話をした。娘は、はなからその話を信じていなかったが、同級生らが大真面目に受け止めそれを広めるような行動に出ることを心配していた。

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 この日にコラムを書くことは、偶然とはいえ何か意味があるのだと思う。  転職活動をする中で過去に書いてきたものを読みあさっていたら、「10年後の自分に宛てた手紙」が出てきた。当時大学生の私はハワイの日系2世や新宿のニューカマーたちへのインタビュー調査に奔走していて、未来の自分にこう提案している。

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 歴史問題や輸出規制、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄など、日韓関係が戦後最悪レベルに陥っている現状に不安が募る中、コニー・カン記者ならば、どんな切り口で今の日韓関係に関する記事を書くだろう、と思いをめぐらしていた矢先だった。虫の知らせだったのか、悲しいニュースが届いた。

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 102歳の男性が抱き続けてきた夢がついに実現した。  「夢見ることをやめないで」。この永遠のテーマともいうべきネーミングの非営利団体がペンシルベニア州にある。何をしているのかというと、ナーシングホームやホスピスと提携し、そこで暮らす人々に人生の質を高めるサービスを提供しているのだ。

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 小東京の西本願寺が組織する女子バスケットボール団体「ワンジェッツ」の9年生チームの解散食事会に、一学年下の長女も招かれ同席した。  高校生になった彼女たちは、それぞれの学校で競技を続ける。毎年8月上旬にラスベガスで開かれる「ハリウッド・ドジャーズ」トーナメントにも記念として初出場した。

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 寝耳に水だった。  日本滞在中の5月にシアトルから届いたのは、これまで40年以上高齢者ケアにあたってきた非営利団体敬老ノースウエストがシアトル敬老リハビリテーション・アンド・ケア・センターを年内で閉鎖するというニュースだった。  今年2月は敬老ノースウエストが催したオークションで40万ドル以上が集まるのを目撃し、4月には、成田に向かう2日前にシアトル敬老ボランティア感謝昼食会に出席したばかり。

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 以前にも書いたことがあるが、職場の文化教室のなかに日本の家庭料理教室というのがある。  高級料亭の味でもなければ料理の鉄人と競う技があるわけでもないが、プロの家庭の主婦を自認する、中年をとっくの昔に過ぎた女性二人が、献身的なボランティアに支えられて、プログラムを進行させており、自画自賛ではないが、人気一番のクラスである。

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 小高い丘の上にたたずんでいると、150年前に海をわたり、カリフォルニアの大地に入植した先駆者たちの足跡をたどりたいという思いを抑えずにはいられなかった。  今月8日、アメリカ本土初の日本人入植地「若松コロニー」が形成されてから150年を祝う記念式典がカリフォルニア州北部ゴールドヒルの跡地で行われた。

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