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 「Fly Me To The Moon(私を月に連れて行って)」。ジャズのスタンダードナンバーで、1960年代にフランク・シナトラが歌い大ヒットした曲だ。当時は折しも、米国が月への宇宙飛行計画「アポロ計画」を進めていた時。まさに時代を反映する曲として人々の心にも浸透した。

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 社の蔵書の中に「ララ記念誌」という布張りの本を見付けた。昭和27年厚生省発行とある。  第2次大戦後、飢餓と貧困で苦しむ多くの日本人を救った米国からの救援物資「ララ」。  「ララ」の正式名称は『Licensed Agencies for Relief in Asia』(アジア救援公認団体)、1946年に米国大統領が公認した民間団体だ。

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 4月も終りだというのに、雨交じりの雪が一日中降り続いた土曜日。  「まるでシカゴみたいな天気だね」誰かの冗談を思い出しながら葉にも蕾にも雪を被って、それでも兵士のように直立している庭のチューリップを時々眺めて一日過ごしたが、一夜明けると雪はたちまち春の日差しに溶け、空は抜けるほど青く広がっていた。

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 中南米からアメリカ入りした難民らを収容するテキサス州ディリーの施設前で3月末、日系人のグループが抗議デモを行った。LA在住の友人がこのデモへの応援をSNSで呼びかけており、私も見守っていた。  トランプ政権下で対移民政策が厳しくなる中、同施設では子供が病気で亡くなる惨事や、親子が引き離される事態が起き、被収容者の人権が案じられる。

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 5月1日からの新しい元号が「令和」に決まった。日本最古の和歌集「万葉集」からの出典という。  発表を受け安倍首相は「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められている」と説明した。  筆者も日本の民放テレビ局配信のライブ中継を通し、時差なしで発表の瞬間を目にした。

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 ごあいさつ。今月後半に母国日本に帰国します。住まいは東京です。約40数年の米国生活は挑戦とドラマと楽しさに満ちたものでした。幸運に恵まれていたと感謝あるのみです。米国では夫婦でやりたい事やるべき事を全部やった思いで、やり残し無し、悔い無しです。子育て、子の孫育ての手伝い。

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 行きつけの郵便局や銀行の窓口に異変が起きている。私は米国西海岸で一番大きいリタイアメントコミュニティー、ラグナウッズ市の傍に住んでいる。近所の郵便局はかつてはそこの老人たちで賑やかだった。局員は彼らの名前を覚えていて、明るく迎え、小会話を交わしながら、仕事をテキパキと片付けた。

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「トナラーってご存知?」  在米の女流画家M子さんから聞かれた。彼女は、米国に帰化してから何十年というのに日本の最新情報には恐ろしいほど精通している。誰かが「トナラー」とツィートしてから一気に広まった造語だという。  「トナラー」の「トナ」は日本語の「隣り」。

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 リバティーベルといってもピンと来ない方も多いだろう。切手になっているあのヒビが入ったベル、と言えば分かりやすいかもしれない。この本物を見る機会があった。  ニューヨークのペンステーションからアムトラックで1時間20分でフィラデルフィアに着く。長い名前の意味は「兄弟愛の市」だが、フィリーと短縮して呼ばれている。

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 先日、夜のコンサートに高齢者を誘い、一緒に楽しんだ。人生の先輩たちと過ごす時間は、彼らの生の切実な声が聞け、私の行く道を照らしてくれる貴重な一時となる。  コンサートの歌い手はデビュー45年、一つの道を究め続ける。その実力と多才さに、心底、感服した。彼の作詞作曲した44年前の名曲は、われわれを青春時代にタイムスリップさせる。

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 先日知人宅で「中秋の名月」パーティーが開かれた。前日の夜は、澄んだ秋の夜空に奇麗な満月が昇っていたのに、その夜は雲に隠れ、わずかに月明かりを感じる程度だった。それでも夜気が少し冷たい夜に、30人余りが集い、語らいあうのは、久々に穏やかで心安らぐ時間だった。

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 「私の長寿の秘訣はよく歩くことかな」。先日取材先で99歳の方にお会いした。しっかりとした足取りで歩き、元気の良い声でこう話してくれた。かつてマラソン選手だったというその人は今も健脚で毎日歩くのが日課なのだという。  日系社会にはこうした元気な高齢者が多い。

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