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 先日ピッツバーグにあるアンディー・ウォーホル美術館と彼の墓を訪れ長年の夢を叶えた。ニューヨークで活躍したアンディーだが、両親はスロバキアからの移民でピッツバーグに居を構えアンディーもそこで生まれる。  アンディー・ウォーホルとの出会いは70年代初頭、高校の選択科目『現代芸術の思想と表現』というクラスだったと記憶する。

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 リトル東京サービスセンター(LTSC)の所長だったディーン松林さんが9月4日、49歳で亡くなった。22日には小東京の本派本願寺羅府別院で葬儀が行われ、1500人以上が参列し若くして逝ったディーンさんの人柄を偲んだ。ベニス出身のディーンさんの小学校、高校の友人、UCアーバイン時代の友、公共政策を学んだハーバード・ケネディー・スクールでの学友らがロサンゼルス市代表に続き焼香。

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 わが故郷は愛媛の瀬戸内海に面した城下町、沖あいには古くから村上、河野などの水軍が活躍した島々が散らばって、夕日が海面を黄金色に染め、島々のシルエットが浮び上がる様は絵のように美しい。温暖で雨が少ない瀬戸内は、漁業の他にみかんの産地としても名を知られている。

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 父や兄の野球好きの影響か、小学生の頃から野球を始めました。ツギだらけの体操着で白球を追いました。中学になり、すこしだけ本格的になり、野球部の厳しい練習を経験しました。  当時の練習は真夏で数時間も炎天下でボールを追っていても、水はほとんど飲ませてもらうことができず、口の中はいつも乾ききっていました。

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 5月9日付の本紙磁針欄を読んで、知人も悩んでいたことを思った。  つい1週間前、日本からLineにゲームの誘いがあった。知人の6歳の息子からだった。日本からの女子学生にこの話をしたら、ポコパン? とまさしく。若い人たちが、夕べ一緒にゲームした、と言うとき、同じ場所にいてではなく、それぞれの居場所でしたということ。

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 3月初め、真言宗御室派総本山・仁和寺(にんなじ)を訪ねた。京都で開かれた国際会議の合間を縫っての拝観だった。高校の修学旅行の時、来た記憶はあるが、どうしてももう一度行きたかった寺だ。  重厚な仁王門を抜けると、左手には仁和寺を建立した宇多法皇のために設けられた「宸殿」。法皇の住居だ。

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 年末の大掃除で、本棚の隅から、見覚えのない本が出てきた。大判の絵本「夢枕」横尾忠則著。何年も前に日本へ引き揚げたルームメイトが置いて行ったものらしい。正月休みの徒然にちょっと開いてみたことだった。夢一夜、二夜と続く42夜の大人の夢絵日記である。  横尾はイラストレーター、グラフィックデザイナーから画家になった人で、世界で個展を開き、国際的評価も高いが、私の好きな画風ではない。

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 2月は私と父の誕生月です。89歳を迎え、少しずつ体力と記憶を失いつつある父の顔を見るために故郷に向かいました。母が車で迎えに来る度に、助手席には父が黙って乗っています。運転を仕事としていた父をどのように説得したのかはわかりませんが、方角も注意力も失うことが多くなったため、母は父が運転をすることをやめさせました。

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 11月11日、道後・湯の町・松山は15万石のお城がクッキリと青空に映え、山の手のホテルで高校同期の「喜寿を祝う会」が盛大に開かれました。  ロビーの受付では、そこここで久し振りの再会に笑い声が弾みます。今回の喜寿の会には80名が参加、77歳で喜寿を祝う会にこれだけの同期生が集まれるのはめでたい。全員で記念写真撮影。

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 アメリカではボランティアは誰でもするもので、日常生活の中に当然の事として組み込まれている。誰の生活も忙しく、誰も余分なことはしたくない。それでもする人は何かを犠牲にしてやっているので、いつかは必ずたたえられる。それがこの国の優れたところだ。  高校の卒業式で一番最初に表彰されるのは、学業成績の優秀だった生徒ではない。

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 「ロサンゼルスから発信された日本文化がアメリカ人の心に響き、日本に興味を持つきっかけになってくれたら嬉しい」。先日伺った南加宮城県人会のピクニックでメンバーのひとりがこう話した。  LAの日系コミュニティーの夏の祭典・二世週祭と同時に開催されるLA七夕祭りで飾られる七夕飾りの制作にメンバーたちは今年も余念がない。

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 穴あきジーンズを半世紀ぶりに履いている。ここ数年ぼろけたジーンズが流行している。触ってみると履き古したジーンズのようにソフトで履き心地もよかった。  子供の頃は母親が繕ってくれたジーンズをよく履いていた。公立の小学校に通ったが中学・高校は今ではセレブ御用達の私立校だった。

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